手錠生活中です。











「月くんは後悔をする事、をどう思いますか?」
「…?」
唐突な質問に、キーを打つ手が止まった。
何か変った事があった訳では無い。今まで通りPCに向かい、
モニターに映るミサの顔を背景に、ヨツバの情報、キラに繋がる可能性の有る情報を
片っ端から集め、探りを入れていた。
竜崎も同様にPCを見つめ、相変わらずの偏食を発揮してケーキやら砂糖の味のコーヒーを
腹に流し込む様にしていた。
どこから「後悔」と言う単語に辿り着くのか、何か気に為る情報を見付けた、と言う
雰囲気の口調では無く、脈絡の無い質問に少し戸惑ったが、
この数時間目立った変化も、新たな情報に関しても、今まで集めて来た物と大差は無い物で
父達が所用で外出してから殆ど会話らしい会話をしていなかったので、
止まった侭だった手を再び動かしながら言葉を返した。

「後悔、か。出来ればしたく無いし、後悔しなければならない様な状況に至る行動も
 控えたいね。」
「そうですね。」
「でも、人生に後悔は付き物だよ。後悔の無い人生なんて有り得ない。」
「はい。それに後悔をする事は決してマイナスでは無いです。
 人格の成長において、同じ過ちを繰り返さない為にも必要な行為だと思います。」

推理力の低下に繋がる、と爪を噛む癖を改めない竜崎のかりかり、と言う音が
微かに聞こえる。あれだけ噛んでいてよく爪が無くならないものだ、と呆れながら
マウスを動かす。必要性を感じないページのウインドウを閉じ、次に取り掛かる。

「でも、何だ突然?何か後悔する様な事でもあったのか?」
「いえ。今の所は特に。しいて言えば…」
「?」

そこで言葉を止めた竜崎に、またキーを打つ手を休め顔をそちらに向けると
指を口に入れたまま、PCを見つめる横顔が目に入る。
腰を悪くしないのか、いつも膝を曲げて椅子に座る竜崎の姿は
小さな箱の中に身体を丸めて詰め込まれている様な、圧迫感を感じる。
甘い物ばかりを好んで吸収する身体は、全てが脳の活動に活かされ、その他の部位には
供給されていないかの様に、細く白く、コーヒーに伸びる手の生気の無さは
僅かに開いた箱の内側から、にゅう、と伸ばされる腕のイメージに繋がり
不快な違和感が胃の奥から湧き上がるのを抑える事が出来ない。
既に見慣れた光景だと言うのに、鎖で繋がれる様になってから幾度か拳で触れた
頬の生暖かさも知っていると言うのに、どうしても、竜崎と言う存在に
生、を感じる事が出来ずにいた。

「しいて言えば、月くんがキラであった内に捕まえる事が出来なかったのが
 惜しかったです。」
「お前、まだそんな事を…。」

何故、この男は自分がキラである、と言う事に固執するのか。
確かに、自分でも自分がキラであるかもしれない、と疑っていた事はあった。
知らず知らずの内に悪人達を裁いているのではないか、悪を憎み、悪を良しとする人間は
死んだ方がいい、と思っていたのも事実だ。
だが、僕はキラでは無い。それだけは確かだ。それは自分が一番わかっている事だ。
竜崎の言う通り、キラに操られていたとしても、それは自分の意思では無いし
第一、自分自身で自分がキラでは無いと確信している。
だが、竜崎にはそれは通用しない。いっそ竜崎に僕の脳味噌を覗いてもらえば
理解して貰えるだろうに、そんな馬鹿げた事まで考えてしまう。

「何度言えば分かって貰えるんだ。僕はキラじゃない。」
「そうですね。少なくとも今の月くんはキラでは無い。
 それは分かります。」
「……もういい。堂々巡りだ。」 「今の月くんはキラでは無い。」

きい、と音を立てて椅子ごと此方を向いた竜崎の目がじっ、と僕を見ている。
箱の隙間から覗く暗闇を見た気がした。

「自らの過ちを、認める事も、後悔する事すら出来ない。」

「それが惜しい。」










あとがき

ブラウザのバックで戻ってください。